忘れじのラインバック

b0002910_0141480.jpgマイク・ラインバック(Mike Reinbach)
1949-1989

カリフォルニア州出身。
アメリカでは3Aまでしか行けなかったが'76年、カブス、エキスポズでプレーしたハル・ブリーデンとともに阪神タイガースに入団。
同時期にテレビ放映されていた「警部マクロード」を思わせるルックスで、タイガースファンの人気者になった。
阪神タイガース自体はすでに長い長い低迷期に入っており、'80年に退団するまでついに優勝は叶わなかったが、常に100%の力を出し切る彼のプレーは、当時の弱小タイガースにあって間違いなく華であった。

バッティングはいいが鈍足で併殺製造機でもあったブリーデンに比べ、ラインバックのプレーは常にスリリングで、スライディングしてズボンのベルトを切ってしまったり、帽子を飛ばしてぎりぎりフライをキャッチするファインプレーが子供心にカッコよく、巨人戦で彼がテレビに映る日はいつも興奮したものだった。
(実はあのぎりぎりのファインプレーは、彼の「打球に対するカンの鈍さ」から来るものだと、 江本孟紀の暴露で知った時にはいささかがっかりした)

彼の仕事でもっとも称えられるべきは'79年6月2日の甲子園球場。
あの怪物江川卓のデビュー戦で放った逆転の3ランホームランだ。
あの1発で、江川、読売に対して激しい憎悪を燃やしていた我々タイガースファン(はじめアンチ巨人の野球ファン)はいくぶん(ほんのちょっとだけ)溜飲を下げたのだった。
5シーズンの在籍で565試合、598安打、打率.296、324打点、94本塁打という成績は、外国人助っ人としては特筆すべきものではなく、むしろ数字だけ見ると、タイガースが5シーズンも彼を使い続けたことの方がむしろ不思議な気がする。
入団した'75年に33本塁打、91打点を上げて広島の初優勝に貢献したゲイル・ホプキンス、打点王1回、ベストナイン4回を獲得し、阪急ブレーブス黄金時代の一翼を担ったボビー・マルカーノ(故人)、'79年ヤクルト、'80年近鉄と、リーグを跨いで2つのチームの初優勝に貢献したチャーリー・マニエル、ラインバックが去って5年後の'85年、阪神タイガースを実に21年ぶりの優勝に導いた三冠王ランディ・バース、首位打者、打点王、本塁打王をそれぞれ1回ずつ獲得し、ベストナインに選ばれること4回と、バースと並んで史上最強助っ人の呼び声高いレロン・リー、大洋のライオン丸ジョン・シピン・・・。
少年時代のオレの記憶に残る名優たちの雄姿に比べ、ラインバックの存在はあまりにも控えめで、一生懸命ではあったがB級であった。
でも、なぜかオレにとってはラインバックこそが今まで見た中でいちばんカッコいい助っ人だった。
なぜだろう・・・。
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by FHIROSE2 | 2004-11-12 01:29


1960年代半ばよりちょっと後の生まれ。50ウン年間に溜めこんだ「なにか」を吐きだす場。


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