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栃木へ行って来た件

連休2日目の昨日は、栃木の義母のところへ孫娘の顔を見せに行って来た。
栃木には、正月、GW、盆と最低年に3回は足を運ぶ。
もうすっかりこのドライブにも慣れて、感覚的にはちょいとお出かけぐらいの感じ。
往きの東北自動車道がやけに混んだが、いいお天気で春と言うよりほとんど初夏の気候を満喫してきた。

昨日も昼、夜ご馳走になった上、近くのイオンの上にg.u.があるのを発見して連れて行ってあげたら、逆に娘の服まで買ってもらってしまった。
おまけにいつものごとく米やらイチゴやらサイダーやら色々な物をいただいて、盗賊のごとくクルマいっぱいに荷物を積んで帰って来た次第。
お義母さんいつもいつもすみませんです。m(_ _)m と一応恐縮(実際にはいつもこれを期待して行っているwww)。

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by FHIROSE2 | 2012-04-30 09:29

娘が意外とよい作品かと思う件(親バカ)

実は自分は附属上がりで大学受験というものを経験したことがない。
当然のことながら内部進学者にも進学試験というものは存在したわけだが、受験生の努力と緊張感に比べりゃそれはそれはユルくて当然で、学年のケツっぺたに片手でぶら下がったような状態でヌルッと進学し、ドラムと酒とガールハント(!)と麻雀に明け暮れるこれまたゆるーい学生生活を送り、卒業試験で危うく落っことされそうになったものの、これまた天性の強運で追試をヌルッとクリアし、急ごしらえの卒論を提出していつの間にか卒業していた。
そして諸事情あって2年ほどブラブラした後、アルバイト先の会社に「すんません、このまま社員にしてくだせー」と拾ってもらって今年で勤続21周年というわけだ。
ああ、今思い返しても我ながら実にゆるく、運だけを小出しに使ってきた半生・・・。
昨今の厳しい状況はこのあたりのツケが遅まきながら回って来たのかと思う今日この頃。

ところで、宅の娘が大学受験を来年に控え、予備校通いを始めた。
色々と支出も多くなるため、父は4月から小遣いを月あたり10,000円減額されることになった。
まあこれは致し方ないところである。なにせ受験生の親。来年受験が終わってくれるまではお父さん節約シフトである。カネはいくら稼いでも足らんのである。
お願いだから国立受かってね!(笑)

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by FHIROSE2 | 2012-02-05 00:35

今年はどんな年になりますやら

b0002910_14233377.jpgそろってこちらに後頭部を見せて、ヒーターの前でくつろぐネコたち。(ウメの方はオレのイスがなぜかお気に入りで目を離すと占拠されている。今食卓のイスを持ってきて書いてます)

遅ればせだが、妻と2人で近所の神社までお参りしてきた(今日3日にしてやっと。だって元旦はものすごい行列で境内まで行きつかないんだもん。あんなちっぽけな神社でさえ)。
娘はこの程度でさえ面倒だと言ってお留守番。
さてさて、我が家の2012年はどんな年になりますことやら。

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by FHIROSE2 | 2012-01-03 15:54

義父の死

久しぶりのエントリは訃報だ。

先週の金曜日(3日)に妻の父がなくなった。享年77歳。
1年半近くの寝たきり生活を経て、最後はひっそりと静かに逝った。
先月の20日に見舞いに行ったばかりで、その時は比較的心持ちがよかったらしく、孫娘が見に来てくれたことがうれしかったようで、義母に財布を持ってこさせて娘に小遣いをくれたりした。

その夜も、いつものように「お義父さん、いい病院に入れてよかったねえ・・・」などと妻に話し、さて、床に入ろうかとしたその時に、妻の妹から容態が急変したという電話。
義母の住まいと病院は車でほんの5分程度の距離で、義母と義妹はすぐに向かったが、ついた時にはもう亡くなっていたそうだ。

正直、もうそんなに長くないことは皆が分かっていたことだが、いざその時が来るとやはり慌しい。
翌日に妻は急遽栃木に飛び、日曜日にはオレと娘も後を追った。
オレはどうしても月曜日の仕事を外せず、日曜日の通夜だけ出させてもらって、不義理を詫びて帰ってきたが、入れ替わりでオレの両親が栃木に出向き、妻、娘とともに告別式に出席、妻はそのまま栃木に留まり、今週ずっと義母に付き添った。
今はまだ、亡くなった後の様々な事後処理に追われて慌しいから、悲しんでいる暇もなかろうが、すべて片付いた後はボッコリ落ち込んだりするかもしれない。
連れ合い亡くすのって、やっぱり大きなことだからね。

今を去ること15年前、まだオレと妻本人同士の意思が固まっただけの段階で、妻がおめでたに。
こりゃいかんと大慌てで双方の両親に報告。
初めて会った義父は威厳のある顔立ちで、物静かだが威圧感のある人だった。
挨拶もないうちに自分の娘をはらませた男に内心腹も立っていたはずだが、娘がちゃんと幸せになれるかどうかの方が大きかったのだろう、恐縮するオレに必要以上に丁寧に接してくれ、オレがきちんと結婚したい旨を申し入れると「それを聞いて安心した」と微笑んでくれた。

義父にとってうちの娘は、初孫ということもあってことのほか可愛かったらしく、遊びに来るのをいつも楽しみにしていた。
「●●(自分の姓=妻の旧姓)のウチの子になんねえか?」などといつも言っていた。
娘はいつも顔を出すと小遣いをせしめて来て、妻やオレは陰で「集金マシーン」と呼んでいた。
娘にとっても栃木の妻の両親は、気安く無遠慮に接することのできる存在だったようで、中学生になった今でも義父のことは「じいじ」と呼んでいた。
そんな義父の死は、娘にとっても寂しい出来事だったようだ。
オレ自身も、スタートはちょっと誤ったが、「ムコさん」として可愛がってもらい、色々と気にかけてもらった。
妻の、オレの、という前置きも必要ない、オレたち夫婦の父だった。

お義父さん、おつかれさまでした。
本当に色々とお世話になりました。
おかげさまで、家族全員幸せにしていただいております。
本当にありがとうございました。
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by FHIROSE2 | 2009-04-11 15:37

週末

怒涛のごとき1週間がやっと・・・、やっと終わった・・・。
この1週間は1ヶ月間ぐらいに感じられたよ・・・。
脚がガッチガチ・・・。

今日は、午前中に親父のPCにインターネットをつないでやったあと、娘と一緒にマッサージに行き、午後は妻と娘を乗っけてちょっとしたドライブへ。

実は、40を過ぎてクルマの運転を再開したのだ。
結婚して子どもが生まれ、フツーなら子どもの成長とともにクルマが活躍するのだが、オレの場合、この10年間まったくハンドルを握っていなかったのだ。
我が家では母親が唯一のドライバーで、クルマも母親のもの。オレは車を持っていない。
正直言って、住宅ローンを払って娘を私立の学校へやって、その上クルマを維持するのは不可能だったのだ。
だが、母親ももう歳で昔ほど運転をしなくなった。
そこで、オレと妻が交代でクルマを借りて運転の練習。母親が引退した時までに2人で完璧なドライバーになる予定。

今日は家から30分ぐらい走って、下馬にある東急バスの営業所へ行って、娘の定期券を購入。
帰りにセレブの象徴(笑)碑文谷ダイエーに行って夕食のお買い物。
そのまま練習がてら、2ヶ月にいっぺん通っている昭和大学病院まで走ってみた。
これでこれからクルマで診察に行けるわw
って病人ぽくねーなーww
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by FHIROSE2 | 2008-04-05 23:28

年をとるということ

今日、妻の実家に挨拶に行ってきた。
関東とはいえ栃木は寒い土地だ。3年前の正月に一泊してきた時は、あまりの寒さに布団から出た顔が凍るかと思うほどだったが、今日は風が少し強かったものの、快晴で暖かだった。

ウチの娘は、オレの両親のことは「おじいちゃま」「おばあちゃま」と呼ぶが、妻の両親のことは中学生になった今でも「じいじ」「ばあば」と呼ぶ。
オレの両親も娘のことは可愛がっているが、本人には小さい頃のじいじとばあばの溺愛ぶりの方が刷り込まれているのだろう。
自分の家の2階に住んでいるオレの両親と話す時は、どことなく緊張した面持ちで会話もイマイチはずまないのに、栃木のこの家に来た時にはまるで自分の家のように我が物顔で振舞う。

じいじは昨年夏の終わりに脳梗塞で倒れた。
知らせを聞いた我が家にも衝撃が走ったが、幸い軽く済んだようで後遺症などなく、今日もフツーに会話して、フツーに笑っていたのがなによりだった。
オレたち夫婦の結婚式に出てもらった頃にはまだ頭も黒髪が残り、上背の高さもあって威圧感たっぷりの、威厳のある初老の紳士であったじいじも、13年近く経った今、頭は真っ白になり、入れ歯も外れがちになり、もうすっかり「おじいさん」である。
28で結婚したオレが40を越え、結婚式の1ヵ月後に生まれた娘が中学生になるだけの時間が過ぎたわけだ。(ウンじゅうウン歳で娘を産んだ妻は、今年ウンじゅうウン歳であるw)
皆年をとってゆく・・・。

じいじは病気を機に、長年愛してきたタバコをすぱっと止めたらしい。
「今さら、あと何年もねえのにガマンなんかせんでもよ・・・」などと口では言っているが、それでもばあばや娘たちに心配かけちゃなんねえという気持ちで止められたらしい。
オレはじいじに比べりゃまだ若いが、同じように病気を機にあれだけ頼っていた酒から抜け出した。
かつて、「好きなもん止めてまで生きててなにが楽しい」などと言っていられたのも、まだこんな目に遭っていない若い頃だったからだ。
この年になると病気というものが実に怖い、恐ろしい。
健康がなによりありがたい。

昭和6年生まれのじいじは、オレの父親より3つ年上で今年喜寿を迎える。
(ちなみに、ばあばもオレの母親より3つ年上で、オレの妻もオレより3つ上。「オール+3」である)
できることなら、ピンピンしたままで長生きして欲しい。

関係ない話しだが、娘はわずか4時間程度滞在しただけでじいじ、ばあば、妻の妹二人から総額4万円以上のお年玉をゲットし、お土産にケンタまで持たせてもらった。
この少子化時代、子供の集金力には目を見張るものがある。
お義父さん、いつもいつもすんません・・・w
なにより体大切になすってくださいね。
寒い時期は特に気をつけてお過ごしください。
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by FHIROSE2 | 2008-01-03 23:57

謹賀新年

当ブログをご覧いただいている皆様、新年明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。
本年も、ひたすらマイペースに、ぬるーく更新して参りたいと思います。
なにとぞ、細く、長ーくご支援くださいますようお願い申し上げます。

毎年大晦日の買い出しももうかれこれ10数年続いているが、今回は、渋谷の東横のれん街も例年に比べ、心なしか人出が少なかったような気がする。
正月気分も年々薄れて来ている。
でもとりあえず、ひと眠りして起きたら、少しだけどおせちを並べよう。
酒は飲めないけど、家族3人で「明けましておめでとう」の乾杯をしよう。
年々貰う枚数も減ってきてはいるが、届いた年賀状を眺めよう。
なんといっても、新しい年が始まるんだから。

皆さまの2008年が、幸せな1年になりますように。
今年はもう少し色々なことを書き付けて行きたいと思います。
b0002910_12684.jpg

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by FHIROSE2 | 2008-01-01 01:02


1960年代半ばよりちょっと後の生まれ。50ウン年間に溜めこんだ「なにか」を吐きだす場。


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